モンスター田嶋は、なぜEVでパイクスピークに挑戦するのか

田嶋伸博氏(中央)をサポートするAPEV会長にしてベネッセホールディングス、シムドライブ会長の福武總一郎氏(右)を総監督に、タジマモーターコーポレーションとともに磐田市でEV実証試験をするNTNの鈴木泰信会長(左)を応援団長に迎えるという超豪華なサポート陣。福武会長は会見での挨拶で明言されていたが、APEVは任意団体であり、同会としての金銭的なサポートは一切ないし、田嶋氏も全く求めていない。つまり各自手弁当での応援なのだ。写真には写っていないが、東京大学大学院工学系特任教授の草加浩平氏は同会幹事であると同時に今回のようなEVモータースポーツ活動の推進役。草加氏が著名なラリーストであったことを知ればそれも頷ける。(Photo by Y-Ohara)

3月27日、秋葉原のアキバ・スクエアでチームAPEV withモンスタースポーツによる2012パイクスピーク挑戦の記者会見が行われた。説明するまでもないが、モンスタースポーツの田嶋氏とはAPEV(電気自動車普及協議会)の代表幹事を務め、タジマモーターコーポレーション代表である田嶋伸博氏のことである。
アメリカではインディ500に次ぐ長い歴史を持つパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムに、同氏は過去7回もの総合優勝を重ね、昨年は9分51秒278というとてつもない世界記録をも打ち立てた、まさしく正真正銘のディフェンディングチャンピオンなのである。ただし、これまでは内燃機関エンジン車両でのエントリーであった。
一言で10分を切ると言っても、約20キロの登坂路(ダートも含む。今年からは全舗装)にも関わらず平均時速は120㎞以上を超える。これを達成させるためには想像を超える加速力、減速性能、旋回性能のマシンに、卓越したドライバーの技量が要求される。もはや尋常では考えられないスピードの世界であることだけは知っておいていただきたい。
この会見内容については3月28日付けの各報道でなされているので、ここでは少し違った視点で捉えてみたい。

EVで挑戦するから、発表は電気の聖地「秋葉原」
もはや昔の面影は皆無といった感じの超ハイテクな秋葉原で記者会見を行った田嶋氏は、開口一番「EVでパイクスピークに挑戦することを皆さんにお伝えするのに、世界に知られた電気の街・秋葉原で行うのが最適と思った」と語った。率直になるほど、である。

会場に入ると、最近記者会見から遠ざかっている筆者でも知ったお顔があった。ベストカー編集長の勝股 優さん、チームACP代表の横田紀一郎さん、いやはや懐かしい。皆さん、この度のことには相当ご興味がおありと推察した。このお二人に共通しているのは「時代の嗅覚力」である。想像だが、EVのモータースポーツとの関わりやその話題性、将来性を強く感じ取ったに違いない。

実は当方、恥ずかしながらかつては自動車専門誌に携わっていた。モータースポーツ担当だったこともあり田嶋氏とは20代の頃より知り合い、媒体側と競技者側という立場の関係で何かと取材面などでご協力をいただいた。
ラリー、ダートラ華やかりし昭和40年代後半の頃である。何がきっかけでそう呼ばれるようになったかは定かではないが、古くから「モンスター」の異名を持っていた。命名の理由が彼のワイルドな体躯、風貌からきたのか、怪物ともとれる激しくアグレッシブなドライビングからきたのかは分からないが、彼はその後独立して設立した会社にモンスターの名を冠した。実に潔く決断の早いタイプなのではないか。

正直申せば、当時は速くて上手いドライバーの中の一人という認識だった。しかし国内ダートラの世界で不動のトップを走っている時に、関係の深いスズキのカルタスに2基のエンジンを搭載したのである。「カルタス・ツインエンジン」だ。ほぼ四半世紀も前のことである。

彼のドライビング技術とチューニングへの深い造詣を考えれば、そんなややこしいメカニズムにしなくとも勝てるだろうに、と思った。が、まだほとんどパソコンが世に普及していない時代に彼は前後のエンジンをコンピューターによって制御させていたのである。なんたる先見性! そのツインエンジンが、今回のツインモーターに受け継がれているだろうことは誰でも想像できる。が、彼は四半世紀も前にすでに先をヨんでいたのである。

通常の方法に則れば、速いマシンに仕立てるためには、

  1. 動力性能の向上。
  2. シャシー剛性、路面を掴むサスペンション性能の向上。
  3. 軽量化。etcである。それ自体はもちろん間違ってはいない。

しかし彼は違った。そのような当たり前だけでは終わらなかったのである。どっかの政治家発言ではないが「二番ではダメ?」は当然として、一番になることを目標にすると同時に、未来を見据えた技術的、創造的な付加価値を加えたのである。

当時の有力ドライバーの一部からはツインエンジンに懐疑的な見方が多かったように記憶している。おそらく進み過ぎていて良し悪しの判断すらつかなかったのだろう。
彼は1989年、それをパイクスピークに持ち込み、最初はリタイヤしたが、改良を加えて1991年からは上位入賞を果たしており、その速さと信頼性を周囲にまざまざと見せつけたのである。
参戦前に同車を取材させていただき、ボタンだらけの操作方法を本人から丁寧な説明を受けたのだが、正直言うとさっぱり理解できなかった思い出がある。

田嶋伸博氏が今年のパイクスピークに持ち込む純粋EVコンペティションモデル、モンスタースポーツE-RUNNER パイクスピークスペシャルのイメージスケッチ。EVであることはもちろんだが、従来までと大きく異なるところは市販車ベースのカウルではなく、専用のカウルを新たにデザインしたことだ。空力性能、ダウンフォースは徹底的に追求されており、文字通りのパイクスピークスペシャル。独自開発のモーターは2基搭載され、三菱重工提供の特製リチウムイオン電池、NTNのベアリング技術、ファルケンのタイヤなどで武装されている。エンジンと比べて電池などの重量が重いため、フレームをアルミ製、カウルはCFRP製とし、軽量化と前後重量配分も緻密に計算されている。田嶋氏本人も軽量化(ダイエット)を敢行中という。(出典:タジマモーターコーポレーション)