G・マーレイがデザインすると、超小型モビリティはこうなる!

乗降はドアではなく、フロントカウルが前ヒンジで開き、狭い駐車スペースでも乗り降りしやすいタイプ。ガルウイングドアとはちょっと違う。いかにもF1デザイナーの香りが漂う乗降スタイルは当然ながら、右側からでも左側からでも自由だ。ドライバーはセンターシートだから、右か左かの道路走行帯を選ばない国際型。写真はT.27。(出典:ゴードン・マーレイデザイン)

F1の世界とシティコミューターの世界、一見なんの関係もなさそうだが実は大いに関係している、というお話し。

ゴードン・マーレイという名前を知っている人はかなりの「F1通」だろう。F1をよく観る人でも、知っているのはドライバー名かせいぜい監督の名前までだろう。デザイナーやシャシー設計者など、いわゆる裏方のエンジニアとなると自動車専門誌、それもモータースポーツ専門誌を熟読しない限り知ることは難しい。
フェラーリ⇒ブラウン⇒メルセデスのロス・ブラウンや、ウイリアムズ⇒マクラーレン⇒レッドブルのエイドリアン・ニューエイあたりは有名だが、その条件として「勝てる強いチーム」に所属したことが絶対条件のようだ。

さてゴードン・マーレイであるが、F1界ではブラウンやニューエイの実績に勝るとも劣らない超がつく著名なデザイナーだ。ブラバム、マクラーレンを経た後、ロードカーの「マクラーレンF1」のデザインを手掛け、2004年にマクラーレンカーズを退いてからは自身でシティコミューター設計「ゴードン・マーレイデザイン」を設立する。

同社が公開したシティコミューター、「T.25」(エンジン仕様)と「T.27」(EV仕様)は随所にマーレイのテイストが盛り込まれている。一番分かりやすいのは運転席のセンターシート。F1がセンターシートなのは当たり前としても、前述のロードカー、マクラーレンF1もセンターシートなのだ。低重心と左右のバランスにこだわるマーレイらしさを具体的に垣間見られる部分だ。
やや専門的になるが、ボディ以外のコンポーネンツは動力部からサスペンションまで一体型のプラットフォームを形成、その意味ではボディの形は自由自在。そういうところにもF1で培ったノウハウや高度な効率性が見てとれる。

 

F1デザイナーはクルマだけでなく作り方までもデザインする

マーレイはT.25、T.27の設計を特定自動車メーカーとのライセンス契約という形で模索しているようだ。その最大の目標は革新的に効率化された製造プロセスにある。その方法による結果は、従来の自動車製造に比べて量産プラント投資額が約5分の1。そしてプラントの面積自体も従来の2割程度しか必要としない。
自動車メーカーでの自動車生産工程は100年経った今でもそれほど大きな変化はしていない。ボディは鋼板から型抜きされ、成型、溶接、ペイントなどの行程を経るが、これが高コストで非効率なプロセスであるとマーレイは考える。彼の考案したシステムは、注入モールディングで製造されるコンポジットのプラスチックパネルを、鋼管製フレームにネジかボルトで留める。マーレイによるとフレームと成形パネルは同じプラントで製造でき、組み立ては販売店近くのごく小規模な工場でも可能だという。これによって輸送効率をも大幅に高められるという。

「T.25」と「T.27」の姿カタチは好みの問題が絡むので個人的な見解は避けるが、乗車定員がマクラーレンF1と同様のV字レイアウトの3人乗りを実現させているのに、ボディ面積は通常の駐車場1台分に3台! が駐車できるスペックというから驚きだ。

 

写真はエンジン(日本の軽自動車用エンジン)仕様のT.25。かつて見たことがるようで初めて見るようなツラ構え。ワイパー形状もユニーク。エンジン車だと145㎞/h~という性能はおそらく掛け値なしの数値だろう。(出典:ゴードン・マーレイデザイン)


運転席(T.25)というよりコクピットと表した方が適切かもしれない。見た目はスポーツカーと言っても過言ではない。さらにシフト操作は5速シーケンシャルだからなおさら。F1デザイナーは、本能的に走り屋のサガみたいなものに自然と反応してしまうのであろう。(出典:ゴードン・マーレイデザイン)

 


 
T.25
T.27
全長・全幅・全高(m) 2.4・1.3・1.6
定員(人)
動力 660cc・3気筒 モーター
電池
リチウムイオン電池
出力 52馬力 25kw(約34馬力)
車両重量(㎏) 575 685
最高速度 145㎞/h~ 105㎞/h
燃費 26~31㎞/ℓ
一充電走行距離
130~210㎞
想定価格 約80万円 約195万円

T.25、T.27の大きな特徴であるiセンターは6通りのシートアレンジが可能と言われている。大人3人、大人2人+子ども1人、大人1人+子ども2人、大人2人、大人1人+子ども1人、大人1人の各仕様が選べる。アレンジに要する時間はわずか30秒以内だとも言われている。このアイデアはマーレイの学生時代に考案されたものだという。(出典:ゴードン・マーレイデザイン)

EVのT.27概念図。バッテリー、モーター、インバーター、ラジエターがコンパクトに収まる。当初からエンジンとモーター両方の搭載が考えられていた。おそらく両動力に一定の互換性を持たせるのと軽量化は常人では大変な作業だと思うが、F1デザイナーにとっては意外に簡単なことなのかもしれない。(出典:ゴードン・マーレイデザイン)

今後日本でも超小型モビリティを中心に新しいコミューターが続々登場してくると思う。動力をモーター(電気)にすることも重要だが、もっと大切なことは、使う側の立場に立って提案する「創造性」ではないだろうか。マーレイの「T.25」と「T.27」にはまぎれもなく「主張」と「アイデア」と「独創性」が詰まっているものと感じた。