17年後に4台に1台は自動運転車──道路の景色が一変する!?

ボストンコンサルティングの予測によると表題のような試算が出ている。この予測通りになったと仮定すると日本ではどうなるのか。ウキウキ感と不安感の両方が脳裏をよぎる。自動運転レベルの定義は1~4とSAE規格の0~5があるらしいが、それは大した問題ではない。果たして短い期間で法整備や人の意識が追いついていけるかだ。

考えられる行程は、現状⇒自動運転車認可(法整備)⇒従来車両と混在⇒2035年⇒ほとんど自動運転車、ということになろう。しかしだ・・・。

1月18日のNHKニュースで「自動ブレーキなど搭載の車 4人に1人が想定外の出来事体験」という報道があった。良かれと思って購入したブレーキアシスト付き車両だったが、運転中に想定外のブレーキ作動があった、というのだ。おそらくセンサーが働いてドライバーが意図しないのにブレーキが作動したのだろう。意図しないのだから、そのような状態に人が慣れるのは簡単ではない。レベル3以上の自動運転車ならなおさらのことだ。

企業の思惑はどうか。ほぼ同時期にアメリカで行われたCES(家電見本市)とデトロイトモーターショーは対象的だったようだ。前者は自動車メーカーも含め電動化、自動運転化に熱心のようだったが、自動車メーカー主体のモーターショーでは売れ筋のSUVにエネルギーを注がれていたようだ。MITテクノロジーレビューでも「デトロイトモーターショーで見えた、自律自動車の遠い道のり」と指摘している。

日本では日産自動車の志賀取締役が「2050年に消えるものは、ガソリンスタンド、運転免許証、信号機、自宅の駐車場ではないでしょうか」と予測している。日産自動車はEVの旗振り役だから、EV普及によってガソリンスタンドは不要と言いたいだろうし、運転免許証、信号機、自宅の駐車場不要論はまさしくAIによる自動運転車の普及を言っている。ボストンコンサルティング予測の15年も先の話しだからリアリティは高いだろう。

このような企業戦略は、ダイムラー社によって「CASE」というキーワードで表されている。Connected(つながる)、Autonomous(自動運転車)、Shared(配車サービス)、Electric(電気自動車)の頭文字を取ったものだ。

自動運転車が普及されることの最大のメリットは、交通事故がゼロに近くなる可能性を秘めていることだ。自動車は今までずっと人がコントロールしてきた。その流れのままでは残念ながら高齢運転者のミスや無謀運転をゼロにする方法はほぼない。

では自動運転車が普及すればすべて解決か、と言えばそう単純な話しとも思えない。少なくとも何年続くか分からないが、従来車と混在する過渡期には交通ルールを頑なに守ろうとする自動運転車と臨機応変運転に慣れた人の運転にはそれなりの隔たりが、特に幹線道路で多く生じるだろう。適当な言葉がみつからないが、「トッちらかる!」状況が想像できるのだ。

センサー機能の精度やセッティングにもよるが、例えば生活道路だとあらゆる障害物に接触しないように自動運転車は対応するわけだから、人の飛び出しで停止するのはもちろん、スマホチャリなどの無謀自転車、道の真ん中で会議する奥さんたち、ワンコやニャンコの飛び出し等々、自動運転車は走るより止まらされている方が多くなるのでは。

それが冗談で済めばけっこう。但しそれほどセンシティブな内容が求められる膨大なケースに対応し得る法整備や啓発活動って本当にできるのでしょうか。携帯電話やスマホの普及と一緒くたにだけは考えないでほしい。だって自動車は人の利便性だけでなく生命も運んでいるのですから・・・・・。

 

 

 


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